夏休み最後の日、もう10年前にもなる最後の「8/31で終わる夏休み」から今までのことをぼんやりと思い出した。
これまで自分の過去のことなどはほとんどブログで書いてこなかったが、正直なところ身バレしているようなものなのに何を隠すようなことが‥みたいな状態が長く続いてきた。
そこで、ここは機転を効かせて過去も含めて自分のことを知ってもらおうと思い綴る。
稚拙な文章ではあるが、最後まで付き合っていただけると嬉しい。
高専(高校生の年齢から5年の一貫カリキュラムを通じてエンジニアとしての素養を身につけられる高等教育機関)を対象にしたロボット競技会。毎年異なるルールでアイデアを競う特異性がある。
これまでの経緯(高専ロボコン編)
入学前
10年前は中学3年生で受験期真只中。
堕落していた中2の夏にぶちこまれた塾へ毎日のように通い、毎週山になったプリントを親に処分させたものだ。
この頃は進路選択で高専の学科を含めた最終決定をした頃だった。
特に学科に強い思いがあったわけではない。最初は建築科に行こうと思っていた気がする。
前年にTV番組で放映されていた高専ロボコンを見てロボット作りたい!と思ったのと単により近い場所学校があったというのがその学科に進学した経緯だった。
ここなら自分のやりたいと思えることを見つけられるかも‥とでも思っていたのだろうか?今思えばとても適当かつ衝動的な決定だ。
私は2016年から2019年までの4年間、高専ロボコンに参加したが、振り返れば、あまりいい結果に恵まれなかった。
1年
高専入学後1年は日が落ちるまで、パーツの加工と組み立てに明け暮れた。
大会当日に選手として参加することができたが、結果は初戦敗退。
スタートゾーンからすら出られなかった3分は退屈な授業以上に長く、自分の無力さを突きつける空間だった。
2年
2年次のときは見習い程度に回路を学びながらピットメンバーとして参加した。
この年は、ロボット同士がヤスリを付けた道具で殴り合う競技だったが、空から無数の矢が急襲する奇抜ながらも美しいアイデアを実現させるべく日々道具の作成・改良を重ねた。
全国大会では電光石火のごとく華麗な攻撃を繰り出し会場を沸かせた。
いろいろと苦しいこともあったが、1年で立て直した先輩方を誇らしく思っている。
3年
ボトルフリップが競技課題となった3年次では、回路と制御をメインで取り組んだ。
いろいろな理由で消耗したのか、20人弱いたであろう同学年の学生は1/2ずつになっていき、3年次になる頃には回路・制御は私が主軸になっていた。
当の本人(私)はというと、もともと将来の展望も作りたいものも曖昧なままロボコンをしていたこともあり、調子振るわず。
高専ロボコンのスピード感ではあってはならない納期遅延・目標未達を連発しては先輩には度々叱られ急かされたこともしばしばだった。
ただ、それでも粘り強く取り組み「腕を回してボトルを立てる」ことを実現させた瞬間あの靄が晴れたような感覚と叫びは今でも忘れない。
大会本番では調整がうまくはまらず、性能を十分に発揮することができず敗れてしまった。
やはり付け焼き刃ではどうにもならないことを実感し、部室で涙しながら反省会を行ったことを覚えている。

4年
4年次は学業も忙しくなったこともあり、チームの統括をしつつタスクの切り出しをしてうまくチームを回していこうとしたが、それは全くうまく行かなかった。
もともと人手が足りなかったことに加えて自分自身が課題量に忙殺されたりで開発が停滞。
今となっては、部活としてのチームを半壊させた元凶だとすら考えている。
私に人望がなかったのか、リーダーとして素質が無かったのか、行動に問題があったのか、、、ともかく私に多く問題があったのだろう。
5年
4年の頃の負い目もあり、あまり関わらないようにしたと思う。
今思えば、もう少し面倒見くらいはしても良かったのかもしれない。
進路選択は専攻科にした。‥というより無理を言って専攻科に進学した。
3年次の頃から、私の与り知らぬところで家庭がボロボロになっていたようで、4年で挽回した成績で奨学金をもらってなんとか進学できた。
↑今からすれば少し大げさではあるかも分からないが、本科卒までの2年は全てが綱渡りだったと思う。
ここまで、記憶の端をつなぎ合わせながら十年前の自分を辿ってきた。
良い思い出ばかりではないし、むしろ失敗や迷惑の方が色濃く残っている気がする。
必死に駆け抜けたのは確かだろうが、何がその原動力だったのだろう。
思えば、特別打たれ強いわけでもなく、何か突出した取り柄があるわけでも無い。
ある日を境に来なくなり、その気まずさから幽霊化してもおかしくはなかった。
今振り返ってみれば、もしかしたら、「逆境に対する耐性」ではなく「逆境に極めて鈍感」であったことが大きかったのではと思う。
特に問題や壁に突っ込んでも何も問題を感じない、むしろ楽しみに行っているまであったのかもしれない。
壁にぶつかっても「大したことじゃない」と感じて突っ込んでいく――そんな無謀さが、ある種の推進力になっていたのだろう。
裏を返せば危機感・意識が低いとも言えるので、そこは本当に迷惑をかけていたのだろう。
今更気づいてももう遅いのですが‥
最近も、そういう鈍感さプラスにもマイナスにも働くことがあり、正気(どちらが正気なのかはさておき)に戻るたびにその決定に頭を抱えることもある。
それでも、ただひたすらに、ある意味まっすぐ突き進んでいたであろう日々は儚くもまばゆい夢のように思う。
[続く]